50代からのお気楽山登り

これから山登りを始めようと思う方、ハードな山は無理だけど山歩きを楽しみたいという方に参考にして頂けたらと思います。山行記録と写真、行程図のイラスト、私なりの難易度を載せています。

【埼玉、東松山】台風19号被害の災害ボランティアに行って来ました。2019年10月26日(土)

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。


この週末も山に行く予定にしていました。

いつも1ヶ月か2ヶ月前から毎週の予定を立てていますので。

しかし台風19号が日本列島に大きな被害をもたらしましたね。

台風通過から10日たつにも関わらず、毎日大変な被害の実情をテレビで放送しています。

多くの報道は長野や福島、栃木の映像ですが、そのなかで被災者の方が必死に「もっともっと助けが必要です!」と訴えておられるのを見て、自分も何かお手伝いしなければと思いました。

過去に大きな被害を受けたのは東北や九州、広島など、自分たちの住む地域からは遠く離れた場所だったので、なかなか行動に移すことができなかったのですが、今回は日帰りできる身近な地域が被災しています。

こんなに近くでこんなに長期間続く大規模な被害があったのは初めてです。

今しかない!と思いました。

思い始めるといてもたってもいられない性分で、すぐにお気楽隊(晴れ女隊)に一緒にボランティアに行かないかと提案します。

ターボとハガレーナからすぐに「行く!行きたい!」「行ってみたいと思ってた!」という返事が来ました。

ネットで必要なものや、ボランティアとしてのマナーなどにわか仕込みで勉強し、受け入れている自治体を探しました。

小川は受け入れなし。

東松山は当初は市内の方のみでした。

なので、佐野に行く予定にしていましたが、週なかで確認すると、東松山でも市外在住者の受け入れも始まっていました。

それならまずは私たちの生活圏でもある東松山に行かなくちゃということになりました。

前日にターボが風邪を引いてしまい体調不良で行けなくなりましたので、ハガレーナと二人で行くことに。


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朝7時半にハガレーナが「86」で迎えに来てくれました。

行きに途中のワークマンに立ち寄り、必要な物を買い揃えます。

購入したのはこちら↑

爪先に鋼鉄の入った安全長靴。

同じく鋼鉄入りの中敷き。

突刺防止のゴム手袋。

ゴーグル。

防塵マスクです。

全部で4500円程でした。

不要なものもあるかもしれませんが、現地でケガをするとかえって迷惑をかけるので、支度だけは万全にと思いました。

最近は災害が他人事ではないので、備えておけばいつか自分の家でも使う事があるかもしれません。

私の格好はこんな感じです。

ボランティアセンターのトイレで撮影😅

帽子、手拭い、捨ててもいい長袖シャツ、下は山用のカッパ、安全長靴です。

現地で配られた手引きに載っていた格好はこちら↑

ヘルメット以外はほぼマニュアル通りですね。

シャワークライミングの時に300円で購入した薄っぺらのリュックに飲み物(1リットル)とおにぎりを入れてあります。

スコップも持参しました。

手引きにあったあると便利なもの一覧です↑

今回の東松山に関してはこのほぼ全てを貸し出ししていました。

「ボランティアに行く前にお読みください」↑

注意事項を頭に叩き込みます。

被災地でのカメラ撮影は禁止。

なので今回のブログはあまり写真はありません。

被災から10日以上たった東松山のボランティア受け入れは統制が取れた見事なものでした。

受付で初めてか2回目以上か確認され、それにより受付場所が異なります。

名簿に名前と住所、電話番号、緊急連絡先、年齢を記載。

ガムテープにマジックで名前を、付箋にボールペンで名前と携帯電話番号を記載します。

ガムテープは受付で配布されたボランティアと書かれたビブスに貼り付け、付箋は後程使うので持っていてと言われました。

センターに入るとパイプ椅子がずらりと並び順番に座っていきます。

パイプ椅子の先頭にはホワイトボードがあり、注意事項が表示されていました。

緑色のビブスを着て指示を待ちます。

椅子の一番左端(椅子の色が白い)は軽トラックを出せる方が座る場所です。

担当スタッフが被災者からの依頼を読み上げます。

場所、お手伝いの内容、必要人員(男性か女性か)、軽トラックが必要か。

そこで前から該当者が手を挙げて立ち上がりグループを作って外に出て更に細かい説明を受けるシステムです。

そしてどんどん前に席を移動します。

ついに私たちの番がやって来ました。

軽トラックは被災者宅にある。

お手伝い内容は床下の泥かきと、清掃、仏壇なども含めた家財の手入れ、瓦礫の撤去。

男女合わせて12名程必要とのこと。

私たちは一番前に座っていたのですぐに立ち上がりました。

すると女性スタッフが外に誘導。

日陰に移動して細かい説明です。

まず被災者宅の住所など説明。

そしてそこまでの移動で車を出せる人を募ります。

車は3台程しか置けないとのこと。

私たちの「86」は2人乗りみたいなものなのでここは協力できませんでした。

三人の男性が手を挙げてくださり、乗り合わせのグループを作ります。

次にリーダーを決めます。

リーダーといっても現地を取り仕切るということではなく連絡係とのこと。

帰ってきた時と現地で何かあったら報告するのと、メンバー内ではぐれたりした時の連絡を受ける役です。

「リーダーやっていただける方はいませんか?」の問い掛けにどなたも手を挙げません。

私より何歳か年上かな?と思われる方や男性もいらっしゃったので、少し様子を見ましたが、2回目の問い掛けにも誰も手をあげる気配がなかったので、出席番号一番ですし(立ち上がった順番のことです)「じゃあ私やります」 と手を挙げたのでした。

ハガレーナが「え!?やるの!?さすがみほさん!」とびっくりしてました😅

だってただの連絡係だよ。、、とこの時は思っていた💦

その後皆さんの名前と携帯番号を書いた付箋を紙に貼り付けます。

そしてそれを各自写メ。

現地で何かあったときの備えです。

見ると付箋の色が二色ある。

なるほど私たちは黄色だけど、ピンクの人は多分2回目以上の方なんだ!

半分くらいはピンクの付箋でした。

なんだ経験者がいたならでしゃばらなければ良かったと後悔😢

「私初めてなんですけど大丈夫ですかね?」と急に弱気になって聞いてみましたが、女性スタッフに「大丈夫、だー~いじょうぶ!」と言われリーダー確定です。

では必要なもの(掃除セット2~3と角スコップ数本)を備品コーナーでもらって出発です。

備品コーナーでは他に土嚢袋、ゴミ袋、帰りの車で座席に敷く大判タオル、塩あめ、「日本復興」と書かれたオレンジ色のタオルを配られました。

グループの男性に「リーダー!現地集合でいいですか!?」と言われ「あ、あ、そ、それでいいです」と答えたのですが、えええええ、そういうことも指示するリーダーなの~?!😱


*****


被災者のお宅に移動するため駐車場に戻ると、そこにあったのはなんと「アルファロメオ!」。

ハガレーナが「えー!アルファロメオーー!こんな高級車にこんな小汚ないオバチャンが乗っちゃっていいの~?帰りはもっと悲惨なことになってるよ~!」と言いましたが、男性は「全然大丈夫です」とどこまでも紳士的。

ほんと、スミマセン💦

車内で私が「センターの対応、すごく統制が取れてましたよね」と言うと、後ろの座席に座っていた若い女性が「初めはこんなんじゃなかったです。すごく混乱してました。ビブスも今日からですし」と教えてくれました。

被災から時間がたち、様々な要望、ボランティア体験からの気付きで、あれだけのシステムが確立したということなのでしょう。

ボランティアの方も次々にやって来て、進んでいく椅子がどんどん埋まっていました。

ハガレーナと私は完璧に近い重装備で来ましたが、他の皆さんは普通の長靴だったり、台所用ゴム手袋だったり、カッパを着てなかったりと様々でしたよ。

そんなに構えなくて良かったんだと知りました。

まずは行動すること、それが一番大事なんですね。


*****


被災者宅に着きました。

車は道路に縦列駐車です。

私たちの依頼主は独り暮らしの60代の男性でした。

被災当日は避難所に避難していてご自身は無事でしたが、水は容赦なく自宅を呑み込み、一階全てが水に浸かったそうです。

白い外壁に水が迫った高さの染みができていました。

その高さ、地面から3M位でしょうか。

一階は天井まで全て水に浸かったことになります。

玄関の扉を外し、家の中は壁紙、畳、床板、天井板など全てはがされ、柱と土壁、敷居や床材のみが残されていました。

その上に戸板を渡して作業します。

体育館や工場で見かける大きな扇風機が三台回っていて、室内を懸命に乾かしていました。

男性陣と若い女性達が床下の泥かきを始めました。

私が依頼主に他の仕事を聞くと神棚をきれいにして欲しいとの要望が。

外に持ち出して泥だらけになった神棚を拭きあげました。

その後は外した玄関扉や網戸を洗ったり、床下から出てきた土嚢をトラックに運んだりしました。

休憩を45分毎に15分程取り、

それの声かけをする役は私でした。

最初の休憩の時に依頼主さんからお茶の差し入れをいただきました。

床下に入っている方たちは全身泥だらけです。

外できれいな仕事ばかりしている自分が申し訳ないと思ったので、午後は床下泥かきの手伝いをしなくちゃと思いました。

お昼は各自用意したお弁当を食べます。

私は戸板の上に座りましたが(地べただと足がつります💦)、皆さん土嚢袋をお尻のしたに敷いて地面に座っておにぎりなど食べていました。

今回参加された12名は男女6名ずつで、年齢層も様々でした。

一番若そうだった女性は22歳でした。

男性にも20代前半かな?と思われる方もいて、20代、30代、40代、50代、そして多分60代乗ったくらいかな?と思われる方もいらっしゃいました。

こんなにもボランティアが日本に根付き始めているんだと、今回知りました。

食事しながら依頼主さんとおしゃべりしたところによると、初めは大東文化大学のラグビー部の力持ち達がやって来てくれたそうです。

水を含んで重くなった畳を外に運び出す作業をしてくれたそう。

そして懇意にしている大工さんに壁や天井など剥がしてもらったとおっしゃってました。

こちらのお宅は壁が土壁だったのでまだ良かったのですが、最近の断熱材が入っている壁は全て取り外さないといけないそうで更に大変なのだそうです。

毎日(どうしても平日は少なめですが)ボランティアの方が来て手伝ってくれているそうです。

自衛隊も来ているようですが、主に災害ゴミの運搬や、溝の泥かきなどで、各自宅の細かい作業は家族や親戚、ボランティアの力で進められているのではと思いました。

避難所から自宅に戻ってみると、納屋の屋根の上にどこかから流れてついた冷蔵庫が乗っていたそうです。

三人がかりで屋根からおろしたのだとか。

道路の反対側の家の屋根には、まだ工場とかにあるパレットが載ったままになっていました。

まずは家の中から。

乾かして匂いを取って住めるようにすることが優先されるのでしょう。

なので、今回床下の湿った泥を掻き出す作業が必要だったわけです。

午前中ずっと床下を這い回って全身泥だらけの若い女性に申し訳なくて、午後は私たちが床下に入るから少し休んでと言ってみましたが、「いえ、大丈夫です。最後までやります」とまた床下に入っていかれました。

狭い床下に潜るのは大きな男性ではとても大変だったのではと思います。

ハガレーナや体が小さめの女性がようやく入れ、膝をついて手で掻き出す作業です。

大きなスコップでは重すぎて扱えません。

一つだけあった鍋が大活躍でした。

私は体が大きくてしかも硬いので、近くにいて手で掻き出された泥を小さなスコップで戸板の上で女性が持ってくれている土嚢袋に入れる作業をしました。

午前中の作業で男性が入れなかった板の張ってある床下にまだまだ水分を含んでテカテカと光っている泥が残っていたので、小さな女性たちの出番でした。

その作業たるや、皆さんホントに献身的で、頭が下がります。

私は上から覗き込む形で、下の方が泥を入れやすいように土嚢袋を支えているだけでした。

持ち上げようとしたら、たっぷり水分を含んでいるので重いこと、重いこと。

結局アルファロメオの男性に手伝ってもらわなくてはいけませんでした。

その間、他の男性たちは裏手の溝などの泥を掻き出す作業や納屋の中の片付けをしてくださいました。

納屋にあったコンバイン、、もう使えないでしょうね(涙)

午後の休憩後は戸板の上をはいたり、敷居や鴨居、柱などの汚れを拭き取る作業になりました。

午後3時過ぎ、道具を片付けて最後は依頼主さんからお礼の言葉とお茶をいただきました。

ハガレーナがリーダー補佐として(?)塩あめやタオルを配ってくれました。

皆さん最後まで献身的に作業されていて本当に感動しました。

役に立ちたいと思って集まって来られたのですから当たり前と言えば当たり前ですが、皆さんの骨身を惜しまぬ姿がとても清々しく、善意に包まれた空間が心地よく、この感覚が泥だらけになりながら何の見返りも期待しないで過ごした一日へのご褒美なんだと感じました。

リーダーからのコメントを求められたので、「今日のMVPは彼女です!」と一日床下にいた若い女性に拍手を送りました。

それにしても今日は自分で持ち込んだ1リットルと、依頼主さんからいただいた500mlを飲み干し合計1.5リットル水分を取っていますが、一日トイレに行く必要がありませんでした。

流れる汗は出ませんでしたが、見えない汗を沢山かいたようです。

なので水分は沢山持って行く方がいいですよ。


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最後、センターに各自戻ってビブスの回収になります。

例のアルファロメオに泥だらけで乗らなければなりません。

カッパなどの汚れたものは脱いでゴミ袋に入れ、真っ赤な革のシートに座る時に長靴は脱いでゴミ袋に入れ裸足になりました。

床下に一日入っていた若い女性も同じ車です。

着替えを持ってきてなかったので、シートと足元に大判のタオルを敷いて乗り込みました。

車に乗る前に自衛隊の姿が見えたので写真を撮りました。

手前に見えるのが被災ゴミ置き場です。


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センターに帰ると、リーダーの私は報告です。

帰って来ましたの報告だけかと思いきや、依頼票の裏面が報告用紙になっていて、気がついたこと、依頼主からの今後の要望など書くようになっていました。

今日の依頼主さんからの今後の要望は聞いてこなかったのですが、多分ほぼ終了ではかいかと(但し確認必要)と記入しました。

何か気づいたこととあったので、床下作業には小さなスコップの方が役に立つことを記しておきました。

記入を終えると、まだ皆さん残って私を待っていてくれました。

「スミマセン!待っててくれたんですか!?」と言うと、「リーダーの一言があるかと思って」と言われたので、「今日はお疲れ様でした!皆さん一生懸命に作業していただいて大変助かりました。明日辺りから多分筋肉痛が出てくると思うので(というと「それか明後日あたりからね!」とツッコミが入る)、今夜は湿布を貼ってお休みください。またどこかの被災地でお会いすることがあったらまたよろしくお願いします!」と挨拶しました。

皆さんとてもいい顔をされてました。

一日だけのつながりでしたが、貴重な一日を共に過ごせてありがとうございました。


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駐車場に戻るとどこかの土建やさんのグループがトラックの前で記念撮影していました。

多分会社総出でボランティアに参加されたのでしょう。

そういえば、現地で解散になる前に私を「リーダー」と読んでいた40代位の男性が「自分はコープに勤めているんだけど、社内報に載せたいので集合写真撮ってもいいですか?」と言われみんなで写真を撮りました。

社内でボランティアを募りたいのだそうです。

そうやって企業などが団体で参加する風土が育つのはとても素晴らしいと思いました。

私たちも個人で一人の力はとても小さいのですが、帰りの車の中でハガレーナと「また機会があったらボランティアに行こうね」と話しました。


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最後に装備のことですが、釘などの踏み抜きを防ぐための長靴の中敷きはやはりあった方がいいと思います。

床板を剥がした梁の上には無数の釘が飛び出していました。

手袋も刺抜き防止の厚手のもの必要です。

木材のトゲなどがいたるところに飛び出しています。

ケガをしたらその後の作業ができなくなりますし、感染症も心配です。

それから着替えをする場所はないので、身ぐるみ剥がせるように(汚れた物を脱げばかえれるように)しておいた方がいいです。

現地までは乗り合わせになることが多いと思うので、車の持ち主に配慮が必要です。

そのために長靴以外の靴を現地まで持って行っておく必要ありです。

車に敷くためのバスタオルや塩あめなど、細かい配布物は多分そんな先行ボランティアからの要望で徐々に行き届くようになったのではないかと想像します。


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初めての災害ボランティア。

これが災害大国ニッポンの常識、文化、定番、、いろんな表現ありますが、何が一番しっくり来るのだろう?

とにかくあらゆる世代に既に根付き始めていることを知れた素晴らしい体験でした。

これを体験で終わらせないようにしたいです!


最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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